医学博士である手塚治虫は、医者と医学をテーマにした作品を3つ残したと言われています。 「きりひと賛歌」、「ひだまりの樹」、そして、この「ブラックジャック」。
大学4年に医学部に興味を持ち始めたときに「きりひと賛歌」を読んではいたのですが、 ブラックジャックは、小学校の時に兄が所有していた何冊かを借りて読んだ記憶がある程度で、 とくに深い印象を持っている作品ではありませんでした。
記憶に残っていたのは、加山雄三だったかが主演した実写版の手術シーン、 そして、初期の手塚作品に見受けられた安っぽいヒューマニズム礼賛でした。 とりわけ手術シーンは子供にとってはかなり恐ろしい光景だったようで、鮮明に記憶しています。
こうした経緯もあって、正直に言えば、 手塚の代表作の一つとされるこの作品、そして、手塚自体に、僕はあまり良い印象を持っていなかったのです。

こうした考えを改めたのは、中学生の頃に「アドルフに告ぐ」を立ち読みしたころでした。類い希な表現力と彼を越える才能を未だ見たことがない程の構想力に、時に神とまで形容される彼の才能を知り、衝撃を受けました。
こうして、成人向けに書かれた作品にみられる手塚作品の「毒」を知るにつれ、次第に、 彼に対する認識を改めることになりました。
しかし、彼の初期の作品の多くには、依然、甘ったるさが鼻に突くような印象がありました。ブラックジャックも、 医者の目を通じて生命の尊さを訴えるという「愛は地球を救う」的な感動の押し売りで、 およそ、後期の手塚作品には及ばないものだと思っていたのです。

それが、先日、友人宅に復刻版が揃えてあるのをたまたま見つけ、 久しぶりに目を通す機会がありました。 そして、こうして医学生となって改めてブラックジャックを読んでみて、 以前考えていたものとは全く違う印象を受けることになりました。 ブラックジャックは、毒にも薬にもならないヒューマニズム礼賛の安物ドラマなどではなく、 ニヒリズムに満ちた手塚からのメッセージであることに、今更ながら気付かされたのです。

BJは、無免許医であるうえに、健康保険制度を無視した莫大な対価を要求し、 「慈善家は好かない。自分の技術に見合った対価を得るのは当然だ」と言い切ります。 実は無償での手術も数多くこなしており、 無免許であったり莫大な報酬を求めたりする理由も後半部で明らかにされるようですが、 彼のこうした基本スタンスは、 医師としての良心のみに依拠してすべての医師に全人格的な献身を要求する昨今の風潮に真っ向から対立します。
そして、彼は、他のフィクションにおけるヒーローあるいはヒールと比べて、 比較にならないほど孤独です。 多くの人は彼の顔に残るグロテスクな手術跡を見て、また、誤解に基づく悪評からBJを避けます。 そして、彼は、あるときは患者を救えずに、また、あるときは 判断ミスにより患者の指を壊死させてしまったことで、 本当によく「悩む」のです。

手塚の妻は、BJを、医者になることができなかった作者にとっての理想の医師像だったのだと言います。 しかし、BJは、誰もが思い描く様な、良心的かつ献身的で、数多くの患者に慕われ、 彼らを奇跡的に救うといった医師像からは程遠い、屈折した人間です。 はたしてこれが、「理想の医師」なのでしょうか。



こうした人間像が、手塚流のリアリズムに基づくものであることは間違いないでしょう。 あらゆる患者に無償の愛で接し常に奇跡を起こすというファンタジックな主人公と、 醜い姿に対する差別を受けつつも 誰よりも自分の患者のことを思いやる心を忘れない主人公のどちらに、 人間の息遣いを感じることができるのでしょうか。
彼の作品には、もちろんブラックジャックにおいても、昨今では忌避されてきた写実的な黒人の描写が数多く見られます。 黒人の唇が厚く多くの場合縮れた髪の毛であることは客観的な事実であり、人間が悩むことも、 良心のみに基づいて献身を要求することが無理難題であることも、事実なのです。
手塚は、おそらく、こうした事実を押さえない理想は、空想、 あるいは夢想に過ぎないということを深く知っているのでしょう。しかし、 このこと自体は、彼の理想を表現していくうえでのいわば舞台装置に過ぎません。

また、手塚治虫はブラックジャックにおいて、何らかの単一の主張を表現しようとしたのではなく、 さまざまな読者に対するさまざまなメッセージを込めていたのだという指摘もしておかなければなりません。
もちろん、 医学や自らの技量、そして科学技術の限界を諭すプロットは、 悩むBJの姿を借りてこの作品を通じて繰り返し現れており、 これらから、手塚から医学生に宛てたメッセージを直接感じ取ることができます。
しかし、ブラックジャックには、医療だけでなく、たとえば事故で麻痺した下肢を持ちつつ苦難を克服していく患者の姿、あるいは、背任の疑いをかけられ自殺に追い込まれる会社員の姿を描くといった、さまざまな職業、さまざまな人種の人々が、それぞれの立場なりの努力をし生きぬいてゆくという主題も、同様に語られているのです。
こうしたエピソードの多様性からは、ブラックジャックが決して医師や医学生のみに向けて描かれた作品ではないことを読み取ることができます。

このように考えてみると、手塚は、ライフワークとしてのブラックジャックにおいて、自らの人生を通じて表現しようとしてきたテーマすべてを、繰り返して扱っているのでしょう。 言ってみれば、少年誌という媒体の限界はあるものの、 ブラックジャックは、一つの舞台装置を利用した、いわば「手塚全集」なのです。
ということは、ブラックジャックから読みとることになるメッセージは、 立場が異なれば、当然、異なるものとなるはずです。つまるところ、 ブラックジャックという作品を通じて、僕は、僕に宛てたメッセージを読みとる必要に迫られるし、 あなたは、あなた宛てのメッセージを読みとらなければならないのではないでしょうか。



初期のブラックジャックに、BJがアフリカで難病に侵されてしまった恩師に応援を乞われるエピソードがあります。 それは未知の病であり、治療法を探っているうちに恩師も罹患してしまったので、 何とかBJに治療法を見つけてくれと懇願するのです。

それを聞いて、BJは言います。

「私は、学者ではなく医者です。」

彼は、学者のように、人体の仕組みを解き明かしたり治療法を見つけたりするのではなく、 実際に患者の傍らで患者の治療をするのが自分の仕事なのだから、 そんな役目はとても引き受けられない、と、依頼を固辞します。
しかし、その難病は、接触感染してしまう病気でした。そして、そうこうしているうちに、 BJ自身がその難病に罹患してしまい、この仕事を引き受けざるを得なくなります。 そして、何とか血清療法を思いつくのですが、あと少しのところで恩師は死んでしまうのです。

この話は、いくつかの読み方ができるエピソードだと思います。まず、 手塚がブラックジャックにおいて多用した「自然の脅威」にまつわるプロットの変奏として読むこともできます。 また、BJがより研究に積極的に協力していれば恩師を救うことができたかも知れない点からは、 たとえ研究者ではない普通の臨床医であったたとしても、研究に挑むことに臆してはならない、 という教訓のようにも読めます。「川崎病」を発見した川崎博士も、 普通の臨床医として接した膨大な症例のなかから努力を重ねて川崎病を見いだしたと聞いています。

僕がこのエピソードに惹かれたのは、 「私は、学者ではなく医者です」と言い切るBJに、 ブラックジャックを通じて時折表現されている一人の臨床医としての彼の姿に改めて魅力を感じたからだと思います。
何度か記してきましたように、僕は、医学部を卒業した後、研究に戻り、 臨床医として長く働くことはおそらくないでしょう。しかし、 僕の他に誰もいないところで瀕死の人に出会ったとき、 果たしてBJのように、「僕は、医者ではなく学者です。だから、治療はできません。」 と言い切れるのでしょうか。

これは想像に過ぎませんが、おそらく手塚治虫も同じ悩みを有していたのでは ないかと思います。果たして彼は、彼以外に医者のいない極限の状況で患者 と出会ったときに、後悔することなく「私は、医者ではなく漫画家です。だか ら、治療はできません」と言い切ることができたのでしょうか。



BJが臨床医として一点の曇りもない返事をしたエピソードの結末が、実は、 医師が研究を行うことを肯定する内容であったことは示唆に富みます。 手塚治虫は、生涯、一日平均で15ページほどの分量を描き続けたそうです。 しかし、そこまで創作活動に人生を掛けた手塚にとっても、やはり、自分は 医師ではなく漫画家だと言い切ることは難しかったのでしょう。 彼にとっての理想の医師であったBJを通じて彼が示したものは、 臨床医と研究医の弁別ではなく、医師でありかつ漫画家であることの肯定、 だったのです。そしてまた、そう考えてみると、まさにこのエピソードこそ、 手塚が僕に宛てたメッセージのように思えて来ます。

僕は良く、「どうせ、僕なんかを必要としてくれる患者なんていないだろう。 そもそも僕は、研究をするために医学部に行くのですから」と言います。
けれども、正直に言えば、これは本心ではありません。
BJでなければ救えなかった患者がいたように、この世のどこかに僕でなければ 救えない命が、きっとあるのです。そのことを知っているからこそ、僕は、医 学部に来たのです。

ですから、BJが、恩師を救うためには医師でありそして学者であらねばならなかったように、 あるいは手塚が、表現者としての自己を確立するうえで医師であり漫画家でなければならなかったように、 僕は、こう胸をはって答えていかなければならないのではないでしょうか。

「私は、医師であり、そして、研究者です」、と。